こんにちは、WAKです。 みなさんと一緒にわらべうたあそびを楽しみたいと思い、会をつくりました。

 

蛇が巻いた  わらべうた日記

愛宕様にことがまだ途中ですが…。

今日テレビのニュースで栃木県小山市間々田の蛇祭り(じゃまつり)に使うわらでつくる大蛇のオブジェを、地域の専門学生やの高校生に協力してもらいつくって宇都宮線の通る畑に展示したということでした。

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以前アロマの恩師のアロマニーズの小島先生が御山出身で、このことをお話ししていたので、もうすこし詳しくお聞きしました。

「蛇が巻いた 蛇が巻いた 四月八日の蛇巻いた」ジャガマイタ
ラララソ ラララソミ・・・

雨祈願、豊作、無病息災などを願って、中学生が主役となるお祭りです。
毎年4月8日に行われていましたが、今は子どもたちのお休みに合わせて5月5日に。
ネットで検索すると、先生の頃よりだいぶ大人が関わっているようです。
先生も100年続く祭りとお話しされていましたが、↓には江戸時代後期から始まったとも書かれていました。
https://www.mamada-hachiman.jp/jyagamaita

各町ごとに子どもたちが1カ月くらいかけて、わらで龍のような蛇をつくり、重い頭の方に竹をさして中学生が担ぎ、前の方の重いところも中学生、尾の軽い方を小学生がもって、町内の農家の家々をまわり、庭先でうたいながら踊ります。
中学生が小学生に「歌うぞ、声だせ!」というと、小学生は小さな声で「じゃがまいた〜」と歌うんだそうで(苦笑)

まわった家からご褒美のお金をもらって、それをみんなでわけるのですが、高校生がたかりに来てニュースになったりもしたとのこと。

子どものころずっとやっていたので、うたもよく覚えているそうです。

間々田は日本橋と日光のちょうど中間で名づけられた地名で、日本橋から間々田まで72キロ、間々田から日光まで72キロ。

柳原出版の「栃木のわらべ歌」にはこのうたは載っていませんでした。

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今作成中のわらべうたの本には「てんぐのめん」というあそびを載せる予定ですが、そのもととなったであろう行事もこれと似ています。

「スッテン テレツク 天狗の面 おかめに ひょっとこ 般若の面」(東京)
(尾原昭夫・著 柳原出版)

先生の解説には、初午で稲荷に子どもたちが集まり、狐の面をかぶって歌い踊り、まわった家からごちそうをもらって食べたり、お金で食べ物を買って食べたりしたとあります。

初午とは、二月になって最初の午(うま)の日で、その日に行われる稲荷神社のお祭りのことだそうです。

柳原出版の「日本わらべうた全集」には子どもが関わってうたのある歳時も載っています。
それらのうたはなかなかうたう機会はないものの、解説もおもしろく読むだけでも魅力的な本です。

子どもが少なくなって、このような行事も途絶えたところが多いのだと思いますが、大切に受け継がれていて、いつか見に行きたいです!
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わらべうたのゆかりの地を訪ねて  「愛宕さまおりて」@  わらべうた日記

わらべうたネットワークぼっこの森で出すわらべうたの本に
「愛宕さまおりて」を載せる予定です。


「愛宕さまおりて」

愛宕(あたご)さまおりて    頭
下谷(したや)を通って     おでこ
毛虫坂(けむしざか)おりて   まゆげ
目黒をまわって        目のまわり
花屋へ寄って         鼻 
花一本折って         鼻をつまむ
方々でしかられて       ほっぺ
池之端(いけのはた)まわって  口のまわり
碁石(ごいし)を拾って     歯 
あごつき坂(ざか)おりて    あご
無念なことよ         胸
おへそで コチョコチョコチョ おへそ くすぐる

(「東京のわらべ歌」/柳原書店)

歌詞の横の部分にふれて、
最後はくすぐるというあそびです。

この地名などは、わらべうた特有のことば遊びで、
体の部位の名前を他の似ている言葉に変えています。

皆さんもうたいながら、何が何にかかってるのか考えてみてください。


これに似たうたは他県にも多くありますが、
このうたの採譜場所は東京の文京区本郷です。

うたの中に東京の地名が出てきますし、
この「愛宕さま」は港区愛宕の
愛宕神社の可能性が高そうです。

愛宕神社に参拝するのに、
このうたに出てくる地名と何か関係があるのかと思い、
たずねてみました。

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出世の階段と言われています。
私は裏のエレベーターに乗ってしまったので、
相変わらず出世とかとは縁がないんだな(笑)

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愛宕さまは火伏の神さまですが、
出世階段があるためかサラリーマン風の背広の方が多かったです。

また、料理亭の方みたいな感じも人もいました。

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階段は上から見ると迫力があります。

まずは社務所で神社の方にうたの説明をして、
このうたに関して何かご存知か、
参拝の際にこの地名を訪ねる風習はあったかなどをお聞きしました。

家事で古文書なども残らず、古いことはわからない。

この辺りは商業ではなく武家屋敷などで、
遊廓で遊んだ後に寄ったりもしていたとおっしゃっていました。

老舗のお菓子屋さんなどならわかるかもと思いお尋ねすると
「 」を教えていただきお店に伺いました。

お店はかなり古いのですがここに移られたのは昭和20年代で、
お店の方もよくわからないとのこと。

せっかくなのでお店の看板菓子の豆大福をいただきました。

お店の横に文房具屋さんがあり飛び込みでお聞きしました。

文房具屋のご夫婦はずっと住んでいるけれど
他の神社の氏子だそうです。

愛宕神社の氏子ならわかるかもと、
明治屋さんという呉服も扱う染物屋さんと
コニシ酒店さんを教えてくれました。

ビルが立ち並ぶ横道に明治屋さんがあり、
ガラスの戸をのぞくと、
お店の奥におばあさんがちょこんと正座して縫い仕事をしていました。

この続きはまた今度。

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えじこについて  わらべうた日記

前回「ゆっきゆっき桃の木」に関係する
「えじこ」のことを書かせていただきましたが、
恩師がより深い情報をアップしてくださいました。

えじこの呼び名や揺らし方など、
とても興味深いものです。

ぜひご覧ください。

https://l.messenger.com/l.php?u=https%3A%2F%2Fspaceholetter.exblog.jp%2F29722439%2F&h=AT3JGqSceR34SC1AnnFTygrT1B_jxuZqysj7CmI1QnEmT6U7bFnHkPbzTtO7DVH1mDjJe3BesgBb1pgDQ02CLE-zzgqYU85gd33X0M6zQobdrevIqE4RHOLhuUG4rBEgBQ0hqldDa9LHXSQ6q1uHWw
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ゆっきゆっき桃の木  わらべうた日記

所属するわらべうたネットワークうたぼっこの森の本の出版は、
3月か4月になりそうです。

下のうたはその本にも載ります。


「ゆっきゆっき桃の木」

ゆっきゆっき 桃の木
桃っコなったら たもれや
だれもしゃ たもるべ
おじいさんさ 五っつ
おばあさんや 四つ
おとうさんさ 三つ
おかあさんさ 二っつ
おにいさんさ 三つ
あとの残りは ハナちゃんだよ

たもるべ=くださいな
「たもる」は「賜る、くださる」。

『日本わらべ歌全集 岩手のわらべ歌』柳原書店

えじこに入った赤ちゃんを揺すりながらうたったり、
大人が伸ばした足の上に子どもを座らせて、
子どもの手を持っ引き合いながらうたいます。

最後の「ハナちゃん」は、
遊ぶ子どもの名前に変えます。

数も好きに変えていいとのこと。


このうたと解説を見たときに、
「えじこ」とは?と思い調べました。

「えじこ」は赤ちゃんを入れておく
藁でできた丸い籠のようなものです。

寒い東北地方などで使われていました。

「おしん」でえじこが出ていました↓

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家で見てくれる人がいないときは、
農作業の場所に持って行ったそうです。

えじこはかならず一日で編み上げないと、
子どもの育ちが悪 くなると言われ、
空のままで持ち歩くことはいけないとされていたので、
その場合はかならず小石をいれておくそうです。

参考資料:江戸時代生活文化辞典/ 長友千代治 著 勉城出版

今の私たちには不思議な風習ですね。
うたではわからなかったけど、
解説でこのうたをうたった人たちの想いを感じられます。

子どもを大事に思う気持ちは変わりませんね。

日本わらべ歌全集のうたの解説は
とてもいいんです。

お近くの図書館にもあるかもしれません。
書庫の場合もあるので調べて、
ぜひ手に取って見てくださいね。

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こおろぎころころ  わらべうた日記

「こおろぎころころ」

こおろぎころころ
糸をひく 糸をひく
寒さが来るから 糸をひく

ラーソソラソミソ
ラソミソラー ラソミソラ
ララソソララソソ ラソミソラー

*音符はうたの雰囲気を感じてもらうために載せていますので、だいたいです。

『東京のわらべ歌』柳原書店

「サルスベリが咲くと暑くなるよ」と母に言われ、
ほんとに暑くなりました。

今年は短かった気もするけど、
毎日暑かったですね。

そしてこの頃は、
鈴虫か?コオロギか?
虫の音が夕方くらいから聞こえるようになりました。

現在来年早々の出版を目指し
本づくりを続けていますが、
載せる唄にまつわることを調べたりして、
唄への愛着がさらにわきます。

このうたでは、
こおろぎがのうたを夏で載せる?秋に載せる?
でメンバーで悩み、
いろいろと調べてみました。

こおろぎは夏の暑いときは夜になってから鳴いて、
涼しくなると日中鳴いて、
寒くなると日中のみ鳴いて夜は鳴かなくなるそうです。

昔の人は虫の鳴き声で季節の移り変わりを感じ、
このうたは、
「コオロギが鳴き始めたから冬支度をはじめよう」という意味があるらしく、
糸を引くというのは、
12月になると新年のための着物を織ることがあるので、
そのために綿から糸をひいて作ったということだと思います。

木でできた糸引きの回る音を
コオロギの鳴き声に見立てたのでしょうが、
本当に昔の人はすごいなあ。

家では自分たちが食べる野菜などをつくり、
綿花もつくっていたといいます。
自給自足に近い暮らし。

涼しくなって窓を開けたら、
夕方遊んで子どもと変える道、

コオロギの鳴き声が聞こえたら、
子どもを膝に乗せてゆっくり
このうたをうたってあけたいですね。

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赤ちゃんのわらべうた  わらべうた日記

保育関係の本を中心にしているひとなる書房さんから
伝承のわらべうたの本をだすことになりました。

個々でわらべうたの活動をしている4人があつまり、
1年くらい頑張っています。

忙しいメンバーであること、
本にするという責任より難しい内容の吟味、
奥深いぞわらべうた・・・
と、出版は年明けになりそうです(苦笑)

今回の本は対象年齢を0〜2歳にしていますが、
本づくりの中で私は0歳児のわらべうたは欠かせないと思っています。

赤ちゃんのわらべうたってなんでしょう?

2カ月くらいになって声を出し始めた赤ちゃんに、
「あ〜あ〜」とか「あう〜」とか
赤ちゃんの言葉を大人がくり返してあげること。

赤ちゃんの顔を合わせながら、
舌をロンロンと鳴らしたり、
「あぷー」と口あそびをして
機嫌をとったり、喜ばせたりすること。

ハイハイを始めた赤ちゃんのあとを
大人もハイハイしながら「まてまて」と追いかけ
ハイハイを促すこと。

などです。

本づくりをきっかけに今いろんな人(60〜80代)から聞き取りを試みていますが、
皆さん「あたりまえにやっていた」
「誰から教わったということもなく、自然にやっていた」
と言われます。

でもこれらは、
赤ちゃんにとってもっともふさわしい、
赤ちゃんのわらべうただと思います。

当たり前のことだからか
柳原書店の全国のわらべ歌にも、
ほとんどの伝承のわらべ歌にも載っていません。

尊敬してやまない尾原昭夫先生の「日本のわらべうた 室内遊戯歌編」には、
「いないいない ばあ」
「にぎ にぎ にぎ」が載っています。

先生もこれを載せるときに他の研究者の方に驚かれたとおっしゃっていました。

これらを載せられた尾原先生はやはりすごい!

今子育ては大変な状況で、
どうしてここまで親が子育てを難しくつらいものだと思うようになったのか。

手助けするヒントがこの赤ちゃんのわらべうたにある気がしています。

脳科学者が脳の発達は3歳まででほぼ成立するというのは常識だと書いていましたが、
人の心を育てるのも3歳までと考えられています。

そしてもっとも重要なのは生まれてからの1年間。

大変だけどもっと自然に子育てをしていた時代には
さきほど書いたようなわらべうたがあったと思うのです。

もちろんやっていない人もいます。
うちの母はやらなかったと言っています。

そうすると私のようなひとになる!(笑)

自尊心、人への信頼、心の安定など、
私自身にかけていると感じているし、
自分の子育てのときもとてもつらい時期がありました。

そんな時にわらべうたに出会って
今このように活動するようになりました。

だからこそ、
このわらべうたが子育ての役に立つのではと研究してみたい気持ちです。

ただ聞き取りをするのはとても難しいです。

赤ちゃんの会などをしていらっしゃるところに出張しますので、
どうぞお声をかけてくださいね。
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わらべうたの言葉遊び  わらべうた日記

わらべうたには言葉遊びをしていると思われるうたが多くあります。

例えば「はなちゃんりんごが」という顔あそび。

はなちゃん  鼻に触れる
りんごを   頬に触れる
食べたいね  口に触れる
はなちゃん  鼻に触れる

(「福岡のわらべ歌」柳原書店)

以下は本からの私の読み取りですが、
子どもの名前にありがちな「はな」と「鼻」をかけている
子どもの赤いほっぺを「りんご」にみたてている
口と関連する動作言葉の「食べたいね」としている

遊び方は幼児がうたいながら自分の部位を触ります。
小さいときは大人が触ってあげてか
大人がやって見せて教えたかもしれません。

面白いな〜と思っていたら、
この前NHKの「チコちゃんに叱られる」でこんな話が。

日本語は発音が同じで意味が異なる同音異義語がたくさんあります。

例えば、箸と橋、雲と蜘蛛。
関心と感心、疲労と披露、川と皮など。

今こうやってパソコンで書いていると変換するときにでてくる、この漢字(感じ・笑)

これらは偶然の一致とみられています。

でも植物の中の花と人の顔の中の鼻は
どうも偶然の一致ではなく、
人と植物の深い関係があるようです。

花  鼻
葉  歯
穂  頬
茎  歯茎
芽  芽
実  身

これは偶然の一致ではないと木村教授は言っています。

では、これらがいつごろできたかは難しいところらしく、
でもまだ日本列島に文字がなく
声だけがみんなの言葉だった
遠い遠い大昔と言えるそうです。

近年の研究では縄文時代からも
稲作がされていたという研究結果もでているそうで、
あわ・ひえ・稲は穀草といいますが、
人が穀草を食べて命をつなぐため、
「穀草と人」を一体化し言葉が対応したと思われています。

植物の中で一番目に付くには花
人の顔も十分目に付く鼻
人間の鼻入試から永久歯に生え変わり最後は抜け落ちる
葉も同じこと

歯が生えるところは茎
歯が生えるのは歯茎

植物の芽は実がさけて出てくる
人間の目も瞼をさけて出てくる
どちらも生気を感じる

古事記の中にも書かれているそうで、

昔、食の女神 大ゲツ姫という人がいて
命が果てるとき、

目からは稲
耳から粟
鼻から小豆
下腹部から麦
おしりから大豆
が出てきたと。

植物とともに生きる
共生しているということだったからと。

(奈良大学名誉教授 木村紀子氏)


阿部ヤヱさんの「遠野のわらべうた」を伝承してい方から
「わらべうたは自然や動植物に呼びかけている」と言っていました。

伝承のわらべうたにも同じように感じることが多いです。
それは、昔は暮らしと自然がとても近かったから。

今のようにお金出せば食べ物がなんでも食べられることもなく、
多くの人が農業をしていましたし、
寒さ暑さも電気器具でしのげるわけでもなく・・・。

大きな関係はないかもしれませんが、
おもしろかったな〜といことでした(笑)


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日本童謡集  わらべうた日記

千葉の活動を今だ書き終わっていませんが、
途中休憩。

最近はWAKやわらべうた関連のことはFacebookにあげているので、
見られない方にこちらにコピーしました。

以下です ↓

私は、童謡もわらべうたとともに子どもたちに伝え残していきたいと思っています。
北原白秋あたりがつくった童謡は日本の四季や暮らしの風景が想像できて、すばらしい文化財産だと思っています。
先日、わらべうたの本と一緒に「日本童謡集」岩波文庫を中古で買いました。

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童謡の思い出は、施設指導員だった時に重い障がいの子どもを抱いて、新米ママだった時に寝ない子を抱いてよく歌っていました。
娘は寝付きの悪い子で「ゆりかご」とか三番まで歌えるようになってましたね(笑)

また、なんでか心に響く童謡で知らない方も多いのですが「からすの赤ちゃん」。
子どもの頃誰かが歌ってくれたのかな?
いやー母ではない(苦笑)

からすの赤ちゃん なぜ泣くの
こけこっこのおばちゃんに
赤い服がほしいよ
赤いお帽子ほしいよ
と、かあかあなくのよ

残念ながらこの本には載ってませんでした。

で、書き込みありと書かれていたけど、あえてその中古を買ってみると、写真のようなおもしろい書き込みあり!

まず平戸の教会の子ども文庫のものだったのも興味深いのですが、字から、おばさま?おじさま?の書いた文、強烈!

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残念ながら楽譜が載ってなかったので、知らない歌は詩を楽しんで。
あと、字が小さくて老眼には辛い(苦笑)

中古本の書き込みは結構好きで、この前はわらべうたの本に著者のサインと、サインを書いた相手へのお手紙までついてました!

縁あって私のところへ、ようこそ😊

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米つき粟つき  わらべうた日記

先日お米農家の方から、
大量の「粟」をいただきました。

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わらべうたの中にも
粟という言葉は出てきます。

例えば、

「米つき 粟つき」

米つき 粟つき
粟つき 米つき
米つき 粟つき
粟つき 米つき

「日本のわらべうた室内編」より


これは、子ども同士で
背中を合わせて両腕を組み
シーソーのように、
交互に相手を背負い合う遊びです。

類歌には、

米つき粟つきどんよ
米食ったか
粟食ったかさんよ
こりゃ米食ったで重いな
こりゃ粟くったで軽いな



というのもありました。

日本はお米を主食にしてきたと言いますが、
白まんまを食べられたのは
お金のある人で、
農家とか庶民はそれほど食べれず、
行事などの時のお楽しみだったと思います。

なので、わらべうたにも
粟は嫌だ、米がいい、
みたいな言葉が出てきます。

そういうもので他に、

「米 米 こっちへこう」

米米 こっちへこう
粟粟 あっちゆけ

「わらべうたと子ども」(古今社)より


本にはしぐさ遊びとしてあり
米の時は両手を自分の方へ、
粟の時は自分の方から外に振ると、
あります。

米米は他の資料にもあった気がしますが、
今見つかりませんで、
伝承のものか確認できていません。


今では粟は栄養のある雑穀として
お米より高いのですが、
昔は粟飯ばかりだべさせられ、
うんざりだったのだと思います。

我が家ではいただいた粟を
3分づき米に少し混ぜて、
プチプチとした食感がおいしいです。

が、この分量が逆だと思うと、
やはりおいしいとは言えないだろうと。

わらべうたを通して、
昔の暮らしを垣間見ることができるのは
とてもいい学びです。

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お父さんも一緒  わらべうた日記

WAKの活動ではないんですが、
私がやっているボランティア活動で
「熊野公園ボランティアの会」。

目の前の公園を、
地域の方々と一緒にきれいにしたり、
公園を活かしたイベントをしています。

この前の土曜日は
「草刈り&うどんづくり」の
イベントでした。

草刈りをして、
みんなで手打ちしたうどんを食べた後、
自己紹介と感想を言ってもらう時間に。

草刈りのようす ↓

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うどんづくりのようす ↓

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でも、
普通に話よりおもしろいのは、
わらべうた自己紹介です(笑)

藤田浩子さんに教わった
お手玉遊び。

「あんたがたどこさ」をうたいながら
お手玉を回して遊びます。

もちろんこのうたは、
まりつきうたです。

でも藤田さんは、
「お手玉に慣れる」
「お手玉の感触を楽しむ」

などから、
多くの人が知っているこの曲で
アレンジ遊びをしているそうです。

参加者の大人も子どもも
わけが分からず車座になり、
遊びが始まりました。

イベントは小学生以上の
親子参加なので、
お父さんも一緒に。

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玉まわしもやりました。

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とても楽しくて、
癖になりそうです(笑)
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